日産 電動パワートレイン開発者が語る、電動化の課題と未来

日産自動車(株)
パワートレイン・EV電動技術開発部 部長
渋井 宏行 氏

オートモーティブワールド事務局 RX Japan
2023年6月28日

9月に開催される「第2回 オートモーティブワールド 秋 クルマの先端技術展」。今回は併催カンファレンスにご登壇いただく日産自動車(株)パワートレイン・EV電動技術開発部 部長 渋井 宏行氏のインタビューをお届けします。渋井氏がエンジニアの道へ進むことになった原点、EV黎明期の欧州出向でのご経験、そして日産が開発してきた電動パワートレインや現在開発中の「X-in-1」についてなど、興味深いお話をたくさんお聞きしました。

技術者としての原点

ー まず最初に、渋井さんの技術者としての原点となる、幼少期についてのお話をお聞かせいただけますか。

渋井  おそらく小学生くらいの頃、まだ電車に乗る時に駅員さんが改札で切符をカチャカチャ切っていた時代のことですが、父親の会社に行く機会があり、そこで父が開発している自動改札機を見たんです。当時はまだ分厚い切符でしたが、切符を入れると自動で扉がガチャって開く様子を見ながら、父親がドラフターの前に座って働いている姿を目にした時、よくわからないんですけど「絶対に技術者になるんだ」と思ったのを覚えています。それが私の原点だと思います。

ー 小さい頃からものづくりの現場に触れ合う機会があったのですね。

渋井  そうですね。
私自身、一度バラしたものを組み立てるという行為が好きで、昔のカメラをバラしてゼンマイを直して、また組み立てるとかですね、そういうこともしていました。

ー 何歳くらいの頃ですか。

渋井  カメラをバラしたのは大人になってからです。妻の祖父が戦時中に使っていたカメラを譲り受けたんですが、あの頃のカメラって機械式なんですよね。それをバラして、ゼンマイをクリーニングして元に戻して。
いまだに家にありますよ。

自動車と関わるきっかけ

ー 渋井さんが、自動車に関わってみたいと思われたのは何歳くらいからなのでしょうか。

渋井  実は私は、技術者になりたいとは思っていたんですが、自分のつくったもので人が笑顔になれるような仕事をしたいという気持ちが強かったので、たとえばアミューズメントメーカーのように使う人が笑ってくれるような仕事に憧れていたんです。
自動車メーカーで働く人は、最初から自動車が好きでたまらないという方が多いので、それに比べると私は少し異質で、日産に入社した結果、自動車技術者としての道に進むことになったという感じですね。でも e-POWERでもEVでも、乗った時にみんなが笑顔になるというところは、実は私のいきたい方向と一致していたんです。

ー 渋井さんのお考えと、日産さんが掲げていらっしゃるビジョンが一致していたということなのですね。
実際にご入社されてからも、そのような感覚を実感する機会はありましたか

渋井  やはりものづくりをして、それが世の中に出ていって、実際に乗ってるお客さんが喜んでくれているという、この一連の流れがすごく楽しいですね。

 

技術者として影響を受けた人

ー 先ほどお父様のお話も出ましたが、技術者として影響を受けられた方はいらっしゃいますか。

渋井  父親ももちろんそうなんですが、大学の教授にも影響を受けました。厳しい方だったんですが、その方に「扱うものの物理を理解した上でものを使うのがエンジニアで、理解しないまま使うのはただのオペレーターだ」とよく叱咤激励されていたんですね。
それ以降、新しいものに取り組む時には物理原則がどうなっているかを調べる癖がつきました。そのおかげでチャレンジしながら自分が成長できていることを実感できるようになったんです。その教授が教えてくれたことは、どこか私の根底にあるのかなという感じがしますね。

渋井  もちろん最終的に何を成し遂げたいかという部分もすごく重要ですけども、やはり技術者というのは、ものの理屈が理解でき、その上でその技術を使えるから技術者なのであって、そこに気をつけないといけないですよね。

エンジニアとしてのキャリアのはじまり

ー 次に、現在渋井さんがご担当されているお仕事についてのお話をお聞きしたいと思います。
渋井さんが最初にご担当されたお仕事はどのような分野だったのでしょうか。

渋井  日産に入って最初の仕事は、量産の立ち上げで初代リーフのDC/DCコンバーターの担当をしていました。リーフの開発はみんなものすごくエネルギーがあって、本当に躍動的で刺激的な開発でした。その中で部品を担当し、鋳物の構造設計をしたり、リレーやバスバーのような電気的部品を設計したり、DC/DCコンバーターというスイッチング電源みたいなものを一通り開発する機会を得ることができたので、非常によい経験でした。

現在までのキャリアの歩み

ー その後、現在の部署に至るまでは、どのようなキャリアを歩まれてきたのでしょうか。

渋井  初代リーフのDC/DCコンバーターを担当し、その後もずっと電気自動車一本でキャリアを重ねてきました。機会があって2年ほど欧州へ出向もしたんですが、当時はEVの黎明期で、現地ではEVや充電のインフラストラクチャーに関して検討したり論議したりしていましたね。その後、日産に戻ってもう一度 DC/DCコンバーターや車載充電器の担当をしながら、充電システムやバッテリーシステムを担当し、直近だとアリアの電動パワートレインの担当もしました。そして現在はパワートレインEV電動技術開発部を担当しています。やっている内容は変わりつつも、電動化にはずっと関わり続けているという感じです。

ー ちなみに欧州に行かれたのは、何年前でしょうか。

渋井  リーフを出した後なので、 8年〜9年前ですかね。その時はまだリーフとその他少しの電動車しかなくて、欧州ではテスラのロードスターがあるくらいの時期ですね。

アリア開発時の苦労話

ー 以前EXのプロジェクトマネージャーもされていたと拝見したのですが、最初に取り組まれたことや課題は何だったのでしょうか。

渋井 先ほども申し上げた通り、私はアリアを担当していました。
ルノーと共同開発していたので、やはり車レベルだとか目標値の置き方みたいなところは非常に苦労しながら論議してたことを覚えています。結果モーター自体の音はかなり静かになり、車の完成度がすごく高まったんです。そうしたら、特に複雑なギアとギアの軸支持機構の共振だとか、ばらつきみたいなものの細かい要因の組み合わせで音になって聴こえるようになってしまい非常に苦労しました。ばらつきまで含めて考えるのがすごく難しかったです。
部品をモジュール化してしまえば簡単にできるという考え方もありますが、モジュール化する際に電気的な知識だけでなく、今までオートモーティブが培ってきた機械的な知識や技術も入れてモジュール化しないと、高い品質のものを作るのは難しいということを改めて実感しています。
アリアは、苦労した分だけ自信を持っておすすめできる仕上がりになっていますので、ぜひアリアに乗っていただいてそのあたりを実感していただいたら嬉しいです。

ー 個人的にアリアはすごくかっこいいと思っていました。デザインもコンセプトカーに近いというか。今度試乗させていただきたいと思っています。

渋井 ありがとうございます。

カンファレンスについて

ー では最後に、9月13日に開催されるカンファレンスについてお聞きかせください。今回は貴社が開発する、軽量かつコンパクトで高効率なEV/ePower専用パワートレイン「X-in-1」に関してご講演いただきますが、技術面や運営面での課題は何かありましたか。

渋井  すごく細かいところなんですが、 2026年までに販売予定の新しい電動パワートレイン「X-in-1」のように、複数の部品を組み合わせる場合、先ほどのお話のようにただモジュールし、結合するだけだと音や熱、振動の問題などを解決できないかもしれないですよね。
それを踏まえた上で、 e-POWER・EVの共用化みたいなところを組み合わせた場合に、ただモジュール化するだけでは達成できないような性能や品質というものを、どのお客様に対しても担保しなければいけないというところが難しい部分だと思います。ただ、先ほど申し上げたようなモジュール化する時のノウハウというのは、日産は昔から電動車の開発を行いながら進めてきていて、ばらつきも含めてしっかり価値や品質を提供するというところに非常に時間をさいて開発しています。そして今まさにその辺を熟成させているところなので、発売されるのを楽しみにしていてください。

ー ありがとうございます。
最後の質問になりますが、今回の講演は特にどのような方に聴いていただきたいですか。

渋井  今回、日産の電動化技術や「X-in-1」の技術などをお話しさせていただこうと思っていますが、その中でみなさんと一緒にカーボンニュートラルについて少し考える時間が持てればいいのかなと思っています。そういった観点でいうと、特に電動化における部品の開発をしている方だったり、eアクスルの開発をしている方などに聴いていただきながら、ぜひいろんなご意見もいただけたらなと思っています。
当日まで、しっかり期待に添えるように準備を進めていきたいと思っていますので、ぜひ聴きにいらしてください。

ー 本日はお忙しい中ありがとうございました。

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