インタビュー:中国のBEVやSDVの進化
- 電動化からコネクティッド化へ
2023年9月の「オートモーティブ ワールド 秋」でご公演いただき、立ち見の大盛況で幕を閉じた現代文化研究所の主任研究員である八杉 理 様。公演は、日本のモビリティ業界からしても、中国のBEVやSDVの進化に対する関心が高まっている様子がうかがえるほどの反響でした。
実際、モビリティ業界で各国が高い技術力を保有している一方で、中国のBEVやSDVへの取り組みには目を見張るものがあります。そこで今回は、八杉様に講演資料に基づいて、進化するコネクティッドサービスや、実際の事例について伺いました。
【プロフィール】
八杉 理
明治大学大学院商学研究科博士課程、中国人民大学商学院シニア・スカラー修了(中国産業経済学)。長く中国で生活し、1990年代初頭より現地で自動車産業・市場の研究活動を開始。トヨタ系マーケティング会社勤務時には、トヨタブランドの海外コーポレートマーケティングPDCA構築を手掛けた他、大手広告代理店とともに商品・技術ネーミング開発にも携わるシニアマーケティングアナリストを歴任。グローバルのモーターショー等イベント会場調査も実施しており、主要ブランドの先端技術動向にも精通するエバンジェリストでもある。なお、現代文化研究所(東京都千代田区)は、1968年に日本の自動車文化の育成を目指して設立し、現在まで一貫して自動車・モビリティ領域を重点とするトヨタ自動車株式会社が100%出資の調査・研究法人である。
1. 「未来への道:SDVにおける中国の革新と挑戦」
2023年「オートモーティブワールド秋」での八杉様の講演は大反響。日本のモビリティ業界が、中国のBEV・SDVの進化に高い関心を持つ理由を探る。
− 今回、2023年9月の「オートモーティブワールド秋」で八杉様にご講演いただいた際は、立ち見の大盛況ですごい反響でした。それだけ日本のモビリティ業界からしても中国のBEVやSDVの進化に対する関心が高いということだと思います。
八杉様:ありがとうございます。今回の公演はたくさんの方にご覧いただき、大変盛況であったことは非常に嬉しい限りです。私は、自動車メーカー系のモビリティのシンクタンクに所属しておりますが、新型コロナウイルス感染症拡大によって、現地を訪れることができなかったり、世界を見ることができなかったりしたこの2、3年は大きな意味を持っていたと思います。
− それは興味深いですね。さっそくお話しをおうかがいしたいと思いますが、実際ここ数年で中国のBEVやSDVは具体的にどういった点が進化しているのでしょうか?
八杉様:はい。今までの中国は、電動化が進んだというふうに言われていました。しかし、この2、3年の間に中国は「ガラっと」変わって、電動化だけではなく、今回のテーマのように、SDVの実装化の面で世界をリードしています。実際、すでに車として製品化され、公道を走っていることもあって、ご来場者さんの関心が非常に高かったのかなと思っています。
− なるほど。すでに実装しているということですが、例えば日本と比較して、中国のSDVはどの点で特に優れ、進んでいると思われましたか。
八杉様:現在は、乗客の快適さ、娯楽、生産性、そして安全性を向上させるために、さまざまなスマートテクノロジーを統合して設計された、自動車のキャビン(内部)、いわゆるスマートキャビンの方向に向かっていることが大きな変化点となっていると思います。皆さんご存知の通り、中国の電動化は、世界最大級の市場であると思われます。その中で、電動化からコネクティッド化への方向性が進み、単にソフトウェアを制御するだけでなく、中国の方々の好みに合わせた開発に取り組んでいます。
2023年「オートモーティブワールド秋」での八杉様の講演は、日本のモビリティ業界の中国のBEVやSDVへの注目を象徴している。中国が電動化からSDVの実装化へと進化した点、特に「スマートキャビン」の開発への取り組みが世界をリードしていることは、日本にとっても重要な学びの機会である。日本のモビリティ業界がこの変化を積極的に受け入れ、今後の進歩への道筋を描くには、中国の技術革新の深い理解が必要なのかもしれない。
2. 「次世代車の心臓部:中国のSDVテクノロジーと顧客体験の融合」
中国の自動車メーカーが提供するSDVテクノロジーと顧客体験の融合。スマートキャビンを中心に革新的なサービス展開を追求する中国の次世代車の心臓部に迫る。
− まさにスマートキャビンのように、『どういう体験を作り出すか』というところがSDVのポイントだと思うのですが、実際にソフトやアプリを活用した中国自動車メーカーのスマートキャビンをはじめとしたサービス展開事例について教えていただけますか?
八杉様:まず、上海汽車が新しいブランドである「I.M. Motors」を立ち上げています。このプロジェクトは、アリババがソフトウェア開発の専門企業を買収し、上海汽車と協力して車を作り上げました。そのため、ソフトウェア開発だけでなく、スマートキャビンの開発にも取り組んでいます。ただ、ソフトウェア開発はあまり重要ではありません。むしろ、商品としてはスマートキャビンを重視して販売されますので、そこに注目していただきたいと思います。
− なるほど。例えば、利用しているユーザーの方々が特に価値を感じているコネクティッドサービスは、どのようなものがあるのでしょうか?
八杉様:基本的には、スマートキャビンに応じた車の開発という発想について考えると良いです。車を運転する楽しみよりも、交部座席に座って車の中で何かをする時間を大切にするという形です。例えば、助手席を収納し、オットマン(足置き)のように使うという発想は、日本ではあまり一般的ではないかと思います。実際にこのような使い方をすると、後部座席から座ると、助手席まで足を伸ばして広々と使えます。
他にも、自動的に人が近づくとドアノブやミラーも出てくるという細かい機能が備わっています。従来、日本者のようにドアノブは手で引っ張る形が一般的でした。一方で現在の中国では、車のボディに内蔵されて近づくと自動的に出てくるか、手動でノブのある部分を押すと出てくる仕組みになっています。また、乗り込むとブレーキを踏むと自動的にドアが閉まるようにもなっていますね。
− それはすごいですね。日本の車では見かけることのない、まさに革新的と言えるサービスだと思います。
八杉様:はい。「I.M. Motors」とは別の事例ですが、女性の席は奥様のものとし、後部座席や子供たちのシートには、最初の設計段階で配慮されているSDVもあります。この場合、子供たちは後ろのディスプレイを下げて映画を見ることができます。また、スピーカーやシートに振動を伴うようなリアルな体験を提供する。このような状況を考慮して、車のコンセプトに基づきつつ、求めるユーザーによって選択肢が異なることが中国での現状だと思います。
− ありがとうございます。実用面でいうと、例えばアフターサービスやトラブル時のサービスなど、そのような面でSDVが進化している点はありますか?
八杉様:アフターサービスの部分で説明すると、3電というバッテリー、モーター、およびシステムが挙げられます。それぞれに8年または10年ほどの保証が付いており、最近では、マーケティング上の表現として終身保障のような表現も使用されています。
− 終身保障ですか?
八杉様:はい。一般的に、8年から10年という長期間で同じ車に乗り続けることはそうありませんよね。そのため、特に中国の場合は、バッテリー・モーター・システムの3電については、乗り換えするまでの期間を補えることで実質的な永久保証のような状況が成立しています。
− なるほど。そうすると、SDVに搭載されたシステムのアップデートはどうなるでしょうか?
八杉様:現在、SDVの領域のシステムに関しては、基本的にバグが発生した場合にはOTAを利用してすぐに解決されるようになっています。システムの更新は一部自動化されていますが、スマホと同様の使い方をするため、システムの改善はスマホのシステム更新と連動して行われるものです。ただ、バグ情報はあまり公開されていないため、基本的には自動的なダウンロードや修正が多いと考えられます。
SDVにおける中国自動車メーカーの事例は、ソフトウェアやアプリの遠隔アップデートを単なる手段ではなく、顧客体験(CX)を豊かにする重要な要素として捉えている。こうした進展は、SDVが今後、ユーザー中心のカスタマイズされた体験を提供する方向へと進化し続けることを示唆しているとも言えるだろう。
3. 「革新の車両:ユーザーの視点から見た未来の乗り物とは」
電気自動車の時代が到来し、SDVからコネクティッド、さらにスマートキャビンまで、顧客のライフスタイルに合わせた革新的な機能とサービスが展開されている。BYD、XPeng、Li Auto、Aito、NIOといったメーカーが提供する、まさに未来の乗り物について詳細に探る。
− 実際のユーザーの方へのインタビューも現地で行っていると思いますが、そちらはいかがでしょうか。
八杉様:お客様の方で言うと、車によって作り方も変わってきていることが挙げられます。
例えば、BYD autoの車はスマートキャビンという形ではなく、ガソリンなどと比較して電気の方が格段に安いので、実用性の高いBVを選ばれています。また、次の方はサービス面でユーザーベネフィットが重視されています。もともと無料の充電サービスがあったり、異常が発生した場合に救護があったりするなど、アプリや車・スマホでメーカー側に簡単に連絡できるなど、そういった部分に価値があります。
あとは、XPengの車両など、スマートキャビンそのものに惹かれている方ですね。基本的にAIの音声で窓を閉めたりすることはどのメーカーもやっており、アウェイクワード(起動のための言葉)が不要であることも特徴です。
− 中国にはさまざまな方言や言葉があると思いますが、全く不都合なく使えるのでしょうか?
八杉様:はい。私が言った中国語でも反応してくれる点は本当に優れていると思います。このように、音声アシスタントが優れていたり、スマートキャビン全体に惹かれたりして生活品質の向上を目的に購入される方もいらっしゃると思います。
他にも、AitoというHUAWEI(フォアウェイ・ファーウェイ)のSDVも例の一つです。中国のお客様は非常にハイテク感が好きな傾向があるため、そういった要素に惹かれています。HUAWEIが車を作っているという点は、スマホユーザーにとっても導入しやすいです。スマホと同じように車もシームレスに使えるという点がポイントですね。
最後にNIOは、SDVとあまり直接的ではないものの「ユーザーさんを囲い込む」というケースもありましたね。SDVを購入した後もいろんなコミュニティに参加して、自分がいい経験ができたと思わせるような、買った後の活動が非常に大事かなと思います。
− 詳しくありがとうございます。NIOさんで言うと、「オーナー同士のつながるイベント」は好評なのでしょうか?
八杉様:そうですね。専門家の訪問やディーラー内での講演会、そして子供たちが時間を過ごす場所として活用されています。そういった訪問によって、リラックスした雰囲気の中で多くのことを体験できる環境が作られています。SDVにプラスの要素が加わると、さらに良い点が生まれることから、中国ではコミュニティも好評です。もちろん、日本でも同様で、例えばこのコミュニティに参加することで、個人的にも様々な会社との繋がりを築くことができます。そのため、NIOが取り組んでいる巧みなコミュニティ作りは、優れたユーザー体験の一部だと考えられます。
− ありがとうございます。本当にユーザーのニーズを的確に捉えて、的をいたサービス展開をしているということ、そして多様なニーズに答えているというところが、すごく良いなと思いました。
八杉様:そうですね。中国が行っているこの車の作り方自体が、本当にスマートキャビンだなと思えます。発想はテスラに非常に近いかなと思いますが、実用化も非常に早いと感じていますね。
中国の自動車メーカーが示す、テスラに迫る発想と実用性。顧客の声を反映したサービス展開が、今後の自動車業界に新たな潮流をもたらす。顧客ニーズに合わせた多様な選択肢が提供される中、ユーザー体験の向上は、これからの自動車市場における重要なキーポイントであることが確かなものとなっているようだ。
4. 「新たな挑戦状:中国SDVにおけるユニークなハードウェア設計」
中国のSDVは従来の車と一線を画した革新的なデザインを採用。フロントガラスが星空を眺めるための広い開口部になり、ハンドルやディスプレイも未来的な形状を採用。これらの進化が日本のサプライヤーに新たな挑戦をもたらす。
− 実際に中国で販売されているSDVのデザインを見てもこれまでと異なるように感じますが、車の作りで特筆すべき点はありますか?
八杉様:まず、ハードウェアの車の作りとしては、フロントガラスが頭の上、ルーフあたりまで広い開口部になっています。通常、バックミラーがある位置で、フロントガラスは区切られています。一方、中国のSDVでは、その上の青い部分まで広く用意され、星空を眺めるなどさまざまな使い方ができます。
− 周囲の景色を楽しむためだけではなく、運転中の視認性の向上も期待できそうです。
八杉様:はい。他にもユニークなハードウェアの設計が施されています。例えば、ハンドルについても従来の円形ハンドルとは異なり、よりコンパクトで未来的なデザインを採用した新しいタイプの操縦桿です。また、ディスプレイは基本的に横型で、場所によっては縦型も備えています。サンバイザーも左側のAピラー(フロントガラスの両端を支える柱:フロントピラー)の近くに収められており、使い方も少し異なるものになっています。このようにハードウェアの作り方自体が変わることで、中国のSDVには我々の想像にない要素が含まれています。
− すごいですね。未来の車がもう実用化されているという感じです。そういう意味で言うと、まさに今までの車作りの延長では考えられない発想だと思います。
八杉様:日本においても、サンバイザーの配置や車内の収納など、こういった機能を考えていかなければなりません。従来の車の発想ではなく、スマートキャビンの作り方を考えると、形状や機能を変える点で、中国のメーカーに追いつくことがなかなか難しいと、サプライヤーさんも困っている状況です。これらの問題や変化が、私が現地や世界を見ることのできなかった2、3年で起こっていると言えます。
− ありがとうございます。もしかしたらSDVとは異なる方向に進むかもしれませんが、スマートキャビンのように「顧客が求める価値」を作るために、中国メーカーが意識していることや仕掛けていることは、どのようなことがあるのでしょうか。
八杉様:そうですね、一つは市場環境が日本とは全く異なることです。現在、世界のブランドが中国に集まっています。また、中国では自動車ブランドやBEVブランドも非常に多数存在しているため、市場間競争もすでに激しいという前提があります。一方で、中国のお客様が求めているものは何かという点ですが、トヨタ的に言うと「ワクドキ」という表現が適切です。
− ワクドキですか?
八杉様:はい。お客様が、「ワクワクドキドキするような体験」を提供すること。中国のメーカーは、お客様にこのワクドキ感を提供することで、先行する価値を提供していると感じます。そのため、中国のSDVの作り方や、ターゲットの狙い方は、スマートキャビンを使っていただくことを目指しており、各社が車の作り方に取り組んでいる状況だと思います。
− そうですね。実際に中国のSDVを目の当たりにすると、ワクワクドキドキするという意味では本当に実現できていると思います。本当に車内空間が上質なエンターテインメント空間に変わっていますよね。車の商品コンセプトそのものの考え方も違うのかなと感じました。
中国のSDV技術は、その革新的なデザインで従来の自動車とは一線を画している。これらの進化は、日本のサプライヤーにも新たな挑戦をもたらし、顧客の「ワクワクドキドキ」する体験の提供に寄与している。中国の自動車市場の競争は激しく、そこで生まれる革新は、自動車業界の未来に大きな影響を与えることは間違いないだろう。急激な変化は、自動車に関する我々の考え方や価値観を根本から変える可能性を秘めているのかもしれない。
5. 「テクノロジーの粋:中国のSDV技術が示す革新的ソリューション」
中国のSDV技術は、その迅速な実用化と汎用性の高いAndroidベースのアプローチで注目されている。実装と市場へのスピード、顧客ニーズへの迅速な応答が特徴だ。日本との技術的な比較は、新たなソリューションの形を示す。
− 続いて、中国のSDVの技術面で優れているところ、実用部分で先行しているところを教えていただけますか?
八杉様:基本的に中国のソフト開発については、Androidをベースとした汎用性の高いものです。その上で、実際に早く実用化できるかというところが重視され、お客様が何を求めているのか、先ほど言ったワクドキを感じるような部分は何か、それをどう早く実用化できるかに集中して、開発の競争スピードが非常に早くなっているという状況かと思います。
− マーケットを的確に捉えて、「今ある技術で素早く実用化する」という強みがあるわけですね。
八杉様:日本も技術的には優れていると思いますが、「実装や実用化の面」では中国が先行しているというニュアンスになると思います。例えば、無線通信を経由してデータを送受信するOTA(Over The Air)などでは、技術的な差があまりありません。中国に限らず、どこでも同様に実現可能な状況だと考えています。また、トヨタなどは少し異なる方向性を示している可能性もありますが、基本的に中国のメーカーはOSもAndroid系が主流であり、技術差もあまりない状況です。その上で、Androidベースを使用して早めに実用化しているという点がポイントだと思います。
− なるほど。例えば今ある技術でスピーディーにこんなことをやっているのがすごいというものはありますか?
八杉様:はい。Androidアプリで動かすという方法なので、基本的にはそのアプリを開発すればどんな制御でも可能です。先行するスマートキャビンの事例としては、映画を視聴しているときにシートが連動して動いたり、3D・4Dのようなシートになったりするなどが挙げられます。また、ディスプレイに森のシーンを映し出して森の香りを再現するアプリなども作られています。このように、中国のSDVは、技術的にあまり先進的ではなく、汎用型のAndroidアプリで実用化に向けた取り組みが早いと感じているというのが現状です。
− 顧客の視点を重視し、いわゆるプロダクトアウトではなくマーケットインのアプローチが強いのでしょうか?
八杉様:そうですね。中国はお客様に対してマーケットインで実装化する。つまり「早く世界に先駆けて普及させていく」というところに非常に強みがあります。
− そうすると、日本と比較してSDVの開発から販売までのスパンが短いということですか?
八杉様:はい。例えば、一般的に中国で電気自動車の車を開発するのに2年くらいで開発を終わってしまうというふうに言われています。今までのガソリン車だと、4年から6年ほどかかると言われています。そのため、中国なら半分くらいのスピードで車ができてしまうというのが実際です。今、2023年ですから、25年ごろになってくるとまた違う車が出てくる。さらに26年には違う車が出てくるという状況になってきます。技術的な差というよりは、そういった実装の部分、マーケットインで車作りを考えていくという方向が非常に重要かと思います。
− ありがとうございます。ものすごく分かりやすくかつどこを押さえていけばいいのかというところまで理解できました。
中国のSDV技術は、既存技術の迅速な実用化とマーケットインのアプローチで際立っている。その戦略の核心は、明らかに日本とは異なる。今後のSDV技術の動向は、実装化や技術においてどう動くのかが肝だろう。
6. 「データが描く未来:SDVにおけるユーザーデータ活用の是非」
一方、自動車業界が変革の岐路に立たされている。中国の自動車メーカーは地図データと走行データの活用に焦点を当てていたが、一方で政府による厳格な規制に直面している。この複雑な背景の中で、各社はいかにして自社のデータを利用し、自動運転技術を進化させていくのか。インタビューに答える八杉様は、今後の自動車業界の動向とそれに伴うデータ戦略について語る。
− ユーザーの走行データとか、利用データを使ってサービス展開するみたいなところも、日本の自動車業界でも結構議論をされているところかと思います。この辺り、中国ではどういうふうに考えて進んでいるのでしょうか。
八杉様:一時期は、配車サービスなどもデータを吸い上げて様々な活用をしていました。ただ、表面的には表現していませんが、中国政府が規制を始め、地図データや走行データなどの扱いを非常に厳格にするようになりました。そのため、約2年前からは、地図データの使用業者を指定して開発を進める形になっています。
− なるほど。では、現在は使われていないということですか?
八杉様:いいえ、現在のメーカーの方向性は、地図データ等の連携は行われず、クラウドや自社の走行データを使用する傾向にあります。国全体を考えると、例えば日本全国やアメリカ全土のように、全国のデータを走行データとして収集し活用しているということは基本的にありません。
− ありがとうございます。そうすると、各社でデータの収集具合や活用の方向性は異なり、今後はさらに異なる方向に進む可能性があるということでしょうか。
八杉様:そうですね。自動運転化の方向に進むと、地図データや走行データを活用して、例えば顧客が特定の道を通った時にディスカウントクーポンを提供したり、交通渋滞からの抜け道を提案したりするなど、様々な使い方が考えられます。
− つまり、自動運転の進化により、運転しながら情報を得るという使い方が一般的になっていくと。
八杉様:はい。中国も同様の方向性を考えており、中国SDVだけの特別な方向ではないと思います。ただし、先ほども触れたように地図データの活用方法に関しては、一部規制があり、地図データを活用する業者が指定されたりするなどの政策が出ている状況です。そのため、地図データや国家の標準地図との連動はあまり進んでおらず、自社のブランド内でデータを活用することが主流になっています。
− 各メーカーは自社の車の走行データを収集し、自社のクラウドで活用する方向に積極的に取り組んでいることは問題ないのでしょうか?
八杉様:むしろ各メーカーは開発業者と協力し、自社の得意な領域で開発を進めている状況です。現地の規制もあったりしますので、そういったところでしか競争できないという状況になるかと思います。
自動車産業の未来は、データの活用方法に大きく依存している。中国の例を見ると、地図データの活用と規制が業界の動きを左右しており、各メーカーは自社のデータを活用して競争力を高める道を模索している。このインタビューからは、データとテクノロジーの結合がもたらす新しい可能性と、それに伴う課題が浮き彫りになる。
7. 「中国から世界へ:切り開くSDVは世界の潮流を生むか」
中国の自動車産業が世界市場に与える影響は計り知れない。BEVからSDV、そしてスマートキャビンへの移行により、自動車の定義そのものが変わりつつある。ASEANやヨーロッパなど、BEV化が進む地域での中国車の増加は、新たなトレンドを生み出しているのだろうか。
− 中国のSDVというトレンドですが、今までBEVからSDVに来て、SDVからスマートキャビンに来たと思います。今後はどういう展開になっていくと、どういう風に発展していくと思われますか?
八杉様:今年中国から世界に輸出台数が非常に伸びている。この状況は事実だと思います。例えばASEAN、ヨーロッパなど、やはりBEV化が進むような地域ですね。ここでは中国車が増えていくだろうなというところが一つのトレンドかと思います。
− スマートキャビンの車が現地で進出した国で、どこまでこの展開できるかというところが、今後の方向性になると?
八杉様:車の作り方は、中国のスマートキャビンのSDVが輸出されるようになる、そういう形ではあると思います。ハード部分はあまり変わらなくても、世界で見るとスマートキャビンのSDVが世界のトレンド、いわゆる方向性というのは作っていくと考えられます。
− なるほど。そうすると、今後の取り組み次第では方向性が大きく左右されるのでしょうか?
八杉様:可能性はあると思います。ASEAN市場を例に挙げると、日本車のシェアは非常に高かったのですが、比較的安価で、かつ革新的に見える中国の車も増えてきています。特に若い人たちは、スマートフォンとの連携性を重視したり、ガソリン車ではなく電気自動車(EV)を選んだりする、そうした方々が増えてくると思います。このような要因は、これから脅威になる可能性があります。
− 中国だけではなく、他の国でも同様の変化があるのでしょうか?
八杉様:もちろん、中国だけでなく、タイやASEAN、ヨーロッパでも同様です。日本の自動車メーカーも、このような考え方で車作りを進めていく必要があります。ただ、地図の使い方の規制が始まったり、ドイツも個人情報の規制があったりします。それぞれ規制もありますので、そこの部分はどうフォローしていくかというところも非常に大きくなると思います。
− ありがとうございます。では、SDVの技術的な方向について言うと、これからグローバルメーカーが追い上げてくるということはあるのでしょうか?
八杉様:そうですね、SDVの技術的な内容はわかりませんが、世界的なメーカーも技術をさらに発展させ、特に中国が非常に高度な技術を持って先駆けるということはあまりないかと思います。ただ、中国が実践している実用化の部分、いわゆるお客様傾向というのは常に把握し、そういった開発の方向に早くフィードバックしていくということが必要かと思います。
今後、中国と他国の自動車産業はどう進化するのか、注目される。技術的な進歩だけでなく、市場のニーズや規制への対応が重要となる。世界の自動車市場において、グローバルな競争と技術革新が、自動車業界の未来を形作っていくのかもしれない。
編集後記
八杉 理様の洞察に満ちたインタビューを通じて、中国のBEVやSDVの進化、それに伴うモビリティ業界の変化にスポットを当てました。中国のBEVとSDVの進化は、単なる技術的進歩に留まらず、顧客体験(CX)への深い配慮が垣間見えます。
中国のSDV技術は、Androidベースのシステムによる汎用性と迅速な市場への導入が特徴です。特に「スマートキャビン」の概念は、ユーザー中心の体験を提供し、市場のニーズに迅速に応える中国の柔軟性と革新性を象徴しているでしょう。
ただし、SDVにおいて地図データや走行データの活用方法は、政府の規制という新たな課題にも直面しています。そのため、技術的な進歩だけでなく、市場のニーズや規制への対応がより重要となる見込みです。中国の例から得られた知見は、日本を含む他国の自動車メーカーにとっても、目を光らせ続ける必要があるでしょう。
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