リチウムイオン電池の可能性を拡張する「全固体電池」

「全固体電池」と呼ばれる新型電池の開発と実用化の動向に注目が集まっています。電池駆動する機器の性能を底上げし、利用シーンの拡大を後押しする技術です。本記事では、2027年~2030年に、さまざまな応用分野で実用化が始まる見込みの全固体電池について、技術開発の動きと社会に与えるインパクトを解説します。
 

なぜ今、全固体電池に注目が集まっているのか

「全固体電池」という新しいタイプの電池が、テレビや新聞、雑誌などのニュースの中で、度々取り上げられるようになりました。多くの場合、電気自動車(EV)の利便性を高め、普及させるためのキーテクノロジーとして紹介されています。産業動向や技術動向を扱う専門誌では、さらに突っ込んで、既存電池に対する技術的違いや実現した際のメリット、開発・実用化に取り組む企業の動向なども詳細に語られています。
 

図1 全固体電池は、EVをはじめとする多様な電子機器の性能向上と利用シーンを拡大する潜在能力を秘めている
※図中の写真の電池は、従来のリチウムイオン電池です。

なぜ、まだ実用化されていないこの新型電池に、これほどの注目が集まっているのでしょうか。それは、全固体電池の潜在能力が、EVにとどまらず、多様な電子機器の性能を底上げし、利用シーンを拡大する可能性を秘めているからです。
 

これまで以上に多くの電池駆動機器に囲まれる近未来

近年、電池で駆動する電気・電子機器が急速に増えています。先に挙げたEVはその代表的存在であり、スマートフォンやノートパソコンのように高性能な電池がなければ実現しなかった情報機器も多くあります。さらに、IoT端末やウェアラブル機器など、電池駆動を前提として開発される応用機器は広がり続けており、私たちの近未来の生活はさながら電池駆動の機器に囲まれて生きるといった状態になりそうです。

これほど多くの電池駆動する機器が増えている背景には、電池技術の進歩によって、性能・信頼性が急激に高まっていることがあります。より小型・軽量の電池に、より大きな電力を蓄積できるようになったことで、大電力を消費する機器の小型・軽量化が可能になりました。

小さな機器の中に莫大なエネルギーを蓄積し、さまざまな環境で自由に充放電して利用するためには、高い信頼性・安全性の実現も欠かせません。性能向上と同時に、信頼性・安全性の側面からの技術開発も進んだことで、多様な環境で利用可能な多様な電池駆動機器が実現しました。
 

圧倒的性能を誇るリチウムイオン電池、ただし欠点も

電池の技術的進歩の中でも、とりわけリチウムイオン電池の発明・実用化は、電池で駆動可能な機器の拡大に大きく貢献する出来事でした。

他方式の電池と比べた際、リチウムイオン電池には、小型・大容量、なおかつ急速充電が可能で、充放電を繰り返しても性能低下しないといった、応用機器の使い勝手を高める数々のメリットがあります。このため、リチウムイオン電池が実用化して以来、他方式の電池が適用されていた応用において次々と置き換わり、さらにはこの方式でなければ実現できない応用も多数生み出してきました。その発明に携わった旭化成フェローの吉野彰氏ら3人に対して、2019年のノーベル化学賞が授与されたことからも、その社会的インパクトの大きさをうかがい知ることができます。
 

図2 数々の優れたメリットを持つリチウムイオン電池だが、安全性と信頼性で一抹の懸念・不安が残っている

ただし、圧倒的な高性能を実現したリチウムイオン電池ですが、課題もいくつか残されています。最大の課題は、安全性に懸念がある点と温度変化に対して敏感で信頼性に一抹の不安を抱えている点です。リチウムイオン電池を構成する部材の中には、可燃性の有機溶媒が含まれており、過充電や外部からの衝撃による短絡などによって発火する危険性があります。また、極端な高温または低温で使用すると、性能が低下したり寿命が短くなったりする可能性があるのです。このため、利用する際には高度な制御技術や安全技術の併用が必須になります。

リチウムイオン電池はこれらの課題を抱えているため、応用に制限が掛かったり、潜在的な高性能を最大限まで引き出せなかったりする面があります。ただし、見方を変えれば、安全性・信頼性を向上させることができれば、リチウムイオン電池にはまだまだ伸び代が残されているとも言えます。
 

課題を解消し性能を底上げする全固体電池

リチウムイオン電池の課題を解決し、同時にメリットをさらに伸ばすための手段として期待されている技術が全固体電池です(図3)。

全固体電池とは、従来のリチウムイオン電池で利用していた液体電解質の替わりに、固体電解質を使用した電池のことです。基本的な動作原理は従来のリチウムイオン電池と同じであり、相違点は電解質の材料と構造のみです。
 

図3 全固体電池は、リチウムイオン電池の正統進化版

従来のリチウムイオン電池では、正極(プラス極)にリチウムを含むLiCoO2などの金属酸化物を、負極(マイナス極)に黒鉛などの炭素材料を適用。そして、正極と負極をセパレータと呼ぶ多孔質膜で物理的に分離し、両極間を有機溶媒にリチウム塩を溶かした液体電解質で満たした構造を取っています。充電時には正極からリチウムイオンが電解液中に放出され、負極に移動し、負極の炭素材料の層間に入り込みます。その際、外部回路では電子が負極に移動して正極と負極の間に電位差が生じ、電池が充電されます。一方、放電時には逆に負極に蓄積されていたリチウムイオンが電解液を通って正極に移動し、その間、接続した機器に電力を供給します。

全固体電池でも、充放電時に起きる電気化学的現象は同じです。ただし材料と構造の面で、電解質が液体から固体に替わり、セパレータがなくなる点が異なります。セパレータが不要になる理由は固体電解質が、正極と負極を分離する役割を果たすからです。

また、全固体電池では、正極と負極の材料として、従来のリチウムイオン電池に利用していたものをそのまま利用することができます。ただし、より高性能な電極材料を選択することも可能になります。電極材料の選択は、単位体積もしくは重量当たりに蓄積できる電力量である「エネルギー密度」や、充放電時の入出力電力量である「パワー密度」を左右する重要な要素となります。いずれも電池の性能向上に直結するポイントであり、そこでの自由度の向上は、全固体電池に注目が集まる大きな理由のひとつとなっています。
 

液体が固体に替わることによって得られる多様なメリット

全固体電池は、コンセプトだけを聞けば、従来のリチウムイオン電池の電解質を固体に替えただけのように感じます。しかし、その変更によって、さまざまな新たなメリットが得られるようになります。

まず、リチウムイオン電池の最大の課題だった安全性が向上します。固体電解質は漏れ出す心配がありません。このため、液漏れによる事故や故障のリスクは皆無です。また、液体電解質には可燃性の有機溶媒が使われており、セパレータも可燃性材料で作られています。これに対し固体電解質は、一般に液体よりも化学的に安定しているため、発火リスクを大幅に低減できます。さらに、高温下でも安定しているため、電池の温度上昇による発火や爆発のリスクも低減できます。日本の自動車メーカーは、海外メーカーよりもEV用バッテリーへの適用を想定した全固体電池の開発・実用化に積極的ですが、その最大の理由が安全性向上に対する期待があります。

また、広い温度範囲での動作が可能になり、耐環境性が向上します。固体電解質は、高温下や低温下などの極端な温度環境でも安定して機能し、極低温下でも凍結によって内部破損する心配がありません。これによって、過酷な環境で利用される可能性がある自動車や航空機、人工衛星などでリチウムイオン電池の高性能を安定活用できるようになります。

さらに、電池のエネルギー密度やパワー密度を高め、大容量化や小型・軽量化、充電時間の短縮や出力向上が比較的容易になります。従来の液体電解質を利用すると、電極材料としては優れた物性を持っているのに、電解質に材料が溶け出して耐久性がなかったり、電気化学的安定性が劣っていたり、といった事情から導入したい電極材料を使えない場合がありました。固体電解質ならば、こうした懸念の多くが解消します。固体電解質導入の直接的な目的は信頼性や安全性の向上にあるのですが、こうした副次的効果があるため、より高性能な電極を導入することでリチウムイオン電池の高性能化が可能になります。

加えて、電池の長寿命化も期待できます。全固体電池は、従来の電池に比べて寿命が長く、充放電サイクルが多くても性能が劣化しにくくなります。固体電解質内をリチウムイオンのみが移動し、液体電解質で起こりやすい副反応が大幅に抑制されて劣化が進みにくいからです。これによって、電池交換の頻度を減らしたり、長期的なコストを削減したりすることができます。
 

コンセプトは単純、でも実現は極めて困難

いいことづくしに見える全固体電池ですが、なぜ、まだ広く利用されていないのでしょうか。それは、最適な固体電解質の開発とその量産技術の確立、さらには電池に組み込んで想定通りに機能させるための技術開発など、実用化までにクリアすべき多くの課題があるからです。具体的な課題を紹介します。

まず、技術的な課題として、イオン伝導性の高い固体電解質材料の開発が挙がります。現状の固体電解質の多くは液体電解質よりもイオン導電性が低い傾向があります。適用後の電池の内部抵抗が高くなるため、電池の出力や充放電速度が制限されてしまいます。

また、固体電解質と電極の界面の抵抗を低減できる材料や加工法の確立も解決すべき課題です。界面抵抗が高いと、電池の性能が制限されてしまいます。界面での密着性を高め、化学的反応や物理的接触の不均一性を改善し、安定した界面を形成することが重要になります。加えて、電解質と電極のいずれも固体である場合、充放電サイクルに伴う膨張・収縮によって、接触部に亀裂が入ったり、接触不良が起こりやすくなったりする可能性があります。実用化に向けては、こうした課題を解決できる新材料や加工法がプロセスの開発が求められます。

さらに、電解質が固体になると、製造工程が従来のリチウムイオン電池とは大きく異なってきます。量産に向けて、新たな製造設備の導入や加工技術の最適化が必須になります。特に、一部の固体電解質は大気中の水分と反応して、有毒ガスの発生やイオン導電性の低下、結晶性の低下などが発生する可能性があります。該当する材料を利用する場合には、高度な水分管理が必要になります。
 

3つのタイプを用途に応じて使い分け

期待感の大きさを反映して、多くの企業・大学・研究機関が、全固体電池の技術開発と実用化に取り組んでいます。現在までに、最大の焦点である固体電解質の開発において、さまざまな材料の開発例があります。提案されている材料は、「硫化物系」「酸化物系」「高分子系(ポリマー系)」の大きく3つのタイプに分類され、それぞれ適用後の電池の応用適性が異なります(図4)。
 

図4 全固体電池は3つのタイプに大別、それぞれ特徴が異なる
出所:図中の写真はトヨタ自動車株式会社、TDK株式会社、京都大学

大容量化に向く硫化物系

硫化物系の固体電解質は、柔軟性のある硫化物の粒子を圧縮成形して作ります。適用可能な具体的な材料として、Li10GeP2S12 (LGPS)、Li3PS4などがあり、いずれも高いイオン伝導性を実現しています。硫化物を応用した代表的な工業製品にタイヤなどに利用するゴムがあります。硫化物は柔軟な機械的物性を備える物質が多く存在するため、電極との間の界面を塑性変形によって均一に密着させて電池の特性を向上しやすい傾向があります。

固体電解質と電極を密着しやすい特長を生かして、エネルギー密度やパワー密度の高い全固体電池の実現に向けた応用が期待されています。従来リチウムイオン電池を上回る性能の実現も期待できるため、連続航行距離の延長や充電時間の短縮が求められているEV向けバッテリーや家庭用大容量電源での利用に想定されているものの多くがこのタイプです。ただし、材料自体が水分や空気に敏感であり、電池の量産技術に相応の工夫が必要になる点が課題です。
 

安全性・信頼性に特に優れる酸化物系

酸化物系の固体電解質は、セラミックス粒子を焼結させて緻密な構造を形成して作ります。具体的な材料として、Li7La3Zr2O12 (LLZO)、Li1.3Al0.3Ti1.7(PO4)3 (LATP)などがあります。酸化物は、熱に対する安定性が高いため、特に高い安全性・信頼性が求められる用途への応用が期待されています。ウェアラブル機器やIoT機器、医療機器など、身に着けたり過酷な環境に置かれたりする可能性のある応用は、その代表例です。また、熱に対する安定性を利用して、プリント基板上に実装し、他の電子部品と一緒にリフローによる一括はんだ付けができる可能性がある点も利点として挙げられます。組み立てコストの削減や小型・軽量化が要求される電子機器の電源として利用しやすい特徴だと言えます。

ただし、硫化物系に比べればイオン伝導性が低い傾向があり、しかも硬いため、電極と電解質の界面を密着させることが困難な課題があります。現時点では、液体電解質を利用した従来リチウムイオン電池ほど大容量電池は実現していません。セラミックス粒子同士の接触を最大化できる材料や加工法を開発し、イオン伝導のパスを確保する技術開発が進められています。
 

軽量・薄型が特徴の高分子系

高分子系の固体電解質では、柔軟な膜状構造を持ち、電極材料を重ねることで均一な複合体を形成し、全固体電池を構成します。主成分は、ポリエチレンオキシド(PEO)やポリフッ化ビニリデン(PVDF)などです。出来上がる全固体電池は柔軟性があり、軽量、薄型であることが特長です。このため、電極との界面の密着性は良好です。この点に注目して、携帯型機器やウェアラブルデバイス、IoT機器などへの応用が想定されています。

さらに、薄型である点を利用して、電池を積層することによる大容量化も容易です。こうして大容量化したものは、EV用バッテリーとしての利用も期待されています。また、ロール・ツー・ロールでの量産が可能な点も、量産時の生産性を高める利点です。ただし、硫化物系に比べればイオン伝導性が低い点が課題となっています。
 

まとめ

全固体電池は、電池駆動する機器の性能を底上げし、利用シーンの拡大を後押しする技術として、その実用化に大きな期待がかけられています。現在、3つのタイプいずれにおいても、自動車メーカーや電子部品メーカーなどによって、実用化を見据えた活発な技術開発が進められています。既に具体的な量産スケジュールを発表しているところも多くあります。各社の計画では、2027年~2030年に掛けて、次々と実用化していく予定となっています。電池駆動の機器が飛躍的に進化する日が間近に迫っています。

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